コラム「記憶の不思議さ」海道歩

Pocket

 記憶は降り積もる雪のように積み重なって多層となると、かっては考えていましたが、75歳の現在、少し別な考え方になりつつあります。

記憶はごちゃごちゃしたゴミ袋のようなところに、大まかに分類されて放り込まれているのでは、と考え始めています。なぜなら、普段は、変な記憶が蘇らないように何か理性のようなものでふたをしていますが、ふとした弾みにそのふたがずれて、思わぬ記憶が立ち上ることがあるからです。今日も、喫茶店の片隅で、好きなコーヒーを飲みながら、25年前の微笑ましい記憶が蘇りました。あれは、ある県の試験場に勤務していた時のことです。通常は国から派遣された職員は、決まった年数勤務したのち国に復帰しますが、私の場合は、復帰が急に早められました。人事ですから外の人に話すわけにもいかず、多少不満を持ちながらも、あきらめの境地でした。そんな折、県庁の広報課から「職員ニュース」の原稿依頼がありました。内容は任せるとのこと。まだ全部の職員の名前も覚えていないのに、と思い、彼らを忘れないために、全ての職員を魚に擬えては、と思いつき、一人ひとりの顔と個性を思い浮かべながら、早速、魚類図鑑ならぬ人魚図鑑を作りました。例えば、総務課のAさんは、いつもお茶を入れてくれたり、何くれと無く、ニコニコしながら私の世話をしてくれました。彼女の顔は、正にアカアマダイ。で、図鑑では「笑顔のやさしいアカアマダイのAさん」としました。以下、38名の職員全員を魚になぞらえて、本人たちの了解を得ようとしたのですが、思わぬところからクレームが。最も親しい職員のB氏からのクレーム。「ねえ、場長。私には、娘が二人いましてね。嫁入りに差し支えるから、オニオコゼは勘弁してくださいよ」、「オニオコゼじゃあ不満ですか?オニオコゼは高級魚ですがね。そうかといって、あなたをアユやサクラマスとはいえないでしょう?」、「せめてシビ(クロマグロの子供)くらいにしてくださいよ」、「シビか。ビクニはどう?」、「どうしても体型にこだわるんですね」、ゲンゲでもいいよ」、「少し考えさせてください」といって引き上げていきました。ところが翌朝、再び場長室にやってきたB氏はにこにこしながら「娘に相談したら、オニオコゼってかっこいいって言われました。オニオコゼでいいです」。無事全員の了解を得て、県庁に提出した途端、広報課から「場長!あの原稿ほんとに載せていいんですか?問題になりませんか?」。ちなみに、私は、「養殖ハマチ」。ぶくぶく太っていることとあの県にはいない魚だから。今となっては楽しい思い出ですが、長らく忘れていました。どうしてこの記憶が蘇ったのかは解りませんが、時々、あぶくのように浮かび上がる記憶の断片を楽しめる年になりました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)